・DSMの考え方の背後にある見方(=アメリカの事情)について知る
・自閉症という概念について、歴史的背景を踏まえ、整理し押さえる
問題6 次のうち,精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-5)において,自閉スペクトラム症(ASD)と診断するための症状に含まれるものとして,正しいものを1つ選びなさい。
1 同一性への固執
2 精神運動制止
3 陰性症状
4 気分の高揚
5 幻覚社会福祉士国家試験 第33回(2021年)より解説
精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)は、アメリカ精神医学会によって提示されているものです。勘違いしている人がいますが、国際基準ではありません。(国際基準としてはICDというWHOが出しているものがあります。)ましてアメリカ合衆国という国家による基準でもありません。「アメリカ精神医学会」、つまり医学という自然科学科学の研究者の団体(=民間団体)の基準にすぎませんし、すべての疾患の基準ではなく精神疾患の基準にすぎません。
なぜ、とある一国の民間団体が出す基準、つまり、そんなマニアックなものを、日本のソーシャルワーカーが覚えなきゃならないのでしょうか。
それは、私なりの応え方をするならば、今日の世界はアメリカが強いからです。それ以上でもそれ以下でもありません。
そして、実は、社会福祉士(精神保健福祉士)がカリキュラムを通して学ぶほとんど技法も、結局はほどんどがアメリカで作られたソーシャルワークの技法にすぎません。というのも、アメリカが強いがゆえに、そして日本とアメリカの関係ゆえに、今の日本ではアメリカ流のソーシャルワーク技術やアメリカ流の精神疾患分類が、実際の現場で多く使われているからです。
ただ、だからといって、それが「正しい」とかそれが「基準だ」と言っちゃう人がいますが、それはおかしい、と私は思います。とはいえ、現場でソーシャルワークをやるにあたっては、現場で実際に使われている以上、これらアメリカ流の見方・考え方を知っておく必要はあります。それで業界が回っているのですから。
ただ、だからといってそれを「正しい」ことにする必要はなく、それらを知ったうえで、そこからの距離で自分の独自性や自分の考え方を表現すればいいだけです。そう私は思います。
さて、くどくなってしまいました。
くどくなってしまうのは、理由があります。ここ10回の社会福祉士国家試験で、「人体」の科目では、DSM関連について8回も単独問題として取り上げられているからです。
すると「こんなに出るんだから、DSMは大事だ」ぐらいにならまだいいのですが、「DSMは正しい基準だ」とか、そういう勘違いをする人が少なくありません。
そうではなく、なぜ国家試験が10回中8回も単独問題として出題しているのか、そこは考えてほしいのです。
「DSMが正しいから」では決してありません。それが証拠に、この8問全てを解いてみればわかりますが、国家試験ではDSMに関する細かい知識を求めてはいないのです。それよりも、このような見方・考え方を必要とする時代背景とでもいいましょうか、そちらのほうを国家試験は学生に考えさせようとしています。そう私には見えます。第31回の「神経症やせ症/神経性無食欲症」や、第28回の「躁病エピソード」などというタイトルだけ見ると、かなり細かいことを聞いているように思えるかもしれませんが、国家試験は五肢択一です。〇×でもなければ、記述式でもありません。五肢択一という形式で、1つにマルをつけさせることで、その背後にある考え方を説いているのです。
話が長くなりました。
では、社会福祉士の「人体」でDSMが出題される意図については、問題を見ながら考えてみましょうか。ということで、この問題を解いてみましょう。
「自閉スペクトラム症(ASD)」は、DSM-5からの物言いで、それまでの「自閉症(広汎性発達障害)」、「アスペルガー症候群」という主だった二つのカテゴリーを統一したものです。このあたりの細かい話はでませんが、この二つのカテゴリーが統合された背景ぐらいは知っておきたいものです。
かつては「アスペルガー症候群」を「知的な発達の遅れを伴わない自閉症」として、「自閉症」と分けることには社会的な意味があったから分けていたのです。というのも、知的な発達の遅れを伴う人が大半であった「自閉症」というカテゴリーと「アスペルガー症候群」というカテゴリーでは、その人への支援の仕方が異なるからです。就職するという一点を考えても何となくわかるかと思います。そんな二つのカテゴリーを統合された、ということは、この二つのカテゴリーを分けることにたいした社会的な意味がなくなった、むしろ連続して考えた方がいい。今われわれはそのような社会を生きているということです。これもまた就職という一点で考えてもわかるでしょう。知的な遅れがなければ何かかんかは就職口があった、そんなかつての時代とは異なる時代であることこそが、今の社会の特徴だからです。
以上の知識を踏まえて5つの選択肢について考えてみましょう。上述した喩えでは、就職という点がイメージがしやすいので就職で喩えていたので、ここでも就職(=社会参加のメルクマール)で考えて見ましょうか。
ここで挙げられている選択肢の5つは、すべて精神上の特性です。それも、今日の就職では極めて不利となる特徴です。「いや、かつての時代だってそうだろう」と思われるかもしれませんが、単純工場労働や、集団での農作業のなかでの固定した役割(=草むしり)等などといったものが、就職(=労働)としてあった時代においては、選択肢5の幻覚以外の特性は必ずしも就職ができない特性とは言えませんでした。(幻覚だけは第二次産業中心の時代においても、その特性上、就職は厳しいため、「精神分裂病」などという大仰な名付けを与えられて、公的な隔離対象にされてきたわけです。)ところが、第三次産業、つまり相手が人、それも多様な人に合わせて微調整しながらサービスを提供するようなあり方を主とするものが、就職のほとんどとなった今日では、たとえ知的な発達の遅れがなくてもこれら5つの特徴をもっていれば、不利になってしまうのです。特にアメリカという国は、先に述べたように、今の世界の中でとても強く、結果として、第二次産業から第三次産業中心への社会移動が最も早かったといえます。そんな国で作られたDSMで、これら5つの特徴を「精神疾患」として、知的な発達の遅れとは分けて分類され名指されるのには必然性があった、そう私は考えます。
さて、この5つの特性に対して、それぞれ精神疾患名が与えられているわけですが、そのなかでも選択肢1の「同一性への固執」は自閉スペクトラム症の特性といえます。つまり、知的な発達の遅れがなくても、同一性に固執する特性がある人は、第三次産業社会から排除されやすいのです。
そんな背景もあり、ソーシャルワークの中で「自閉スペクトラム症」に対しては日本社会では発達障害者支援法において「発達障害」という行政施策上の名づけを与えて、何らかの支援に結び付けようとしているのが、ここ10年の日本ということになります。
ということで、自閉スペクトラム症の基本的な特性ぐらいはソーシャルワーカーとして覚えておいてね、というのが社会福祉士国家試験の問題作成者の意図といったところでしょうか。私の深読みか見知れませんけどね。(苦笑
正解 1
【お勧めの関連入門本】
自閉症関連で入門本となると、本田秀夫先生の本になるかと思います。まぁ、本田先生はいろいろ出されていますけど。
もう少し射程を広げて、周辺の発達障害周辺まで、論理的に理解したいという人には、滝川一廣先生の『子どものための精神医学』をお勧めします。