ソーシャルワークから見た「ゴフマンの役割距離」

03社会理論と社会システム
今回のポイント
パーソンズの社会システム論の考え方を知る
ゴフマンの役割距離が単純な社会システム論的な見方への抵抗であることを知る

問題19 次のうち、ゴッフマン(Goffman, E.)が提示した、他者の期待や社会の規範から少しずらしたことを行うことを通じて、自己の存在を他者に表現する概念として、最も適切なものを1つ選びなさい。
1 役割取得
2 役割距離
3 役割葛藤
4 役割期待
5 役割分化

社会福祉士国家試験 第33回(2021年)より

私はこれまで「問題のタイトル」なる表現を幾度かしてきましたが、たぶん明確な説明無しに「問題のタイトル」なる物言いを使ってきたかもしれませんね。

私がいう問題のタイトル」とは、問題文の「〇×△に関する次の記述のうち」の「〇×△」の部分のことです。
私がそれを「問題のタイトル」と呼ぶのは、この部分に掲げられた言葉が、一見すると無味乾燥な五肢択一に、意味を与えているからです。逆に言えば、「問題のタイトル」を意識しさえすれば、五肢択一にちりばめられた専門用語の正確な意味などわからずとも、正解は導けるのです。
さらにいえば、この「問題のタイトル」がなければ、五肢択一の一つ一つの文章の意味は定まらないのです。
「問題のタイトル」を意識せずして、五肢択一の選択肢だけを見て、〇だの×だのつけている人にとっては、五肢択一は一問一答が5つ並んでいる以上でも以下でもなく、ただただ暗記したことと合致しているかどうかその一点勝負をしているのです。少なくとも社会福祉士国家試験はそのような対話を求めてはいません。

さて、この問題のタイトルですが、正確にいうならば、「ゴッフマン(Goffman, E.)が提示した、他者の期待や社会の規範から少しずらしたことを行うことを通じて、自己の存在を他者に表現する概念」ということになります。
ただ、これ長すぎです。
この問題はトリッキーな問題構成になってますが、まぁ、たまにこういう問題も過去に出ています。普通なら、「ゴフマンのいう役割距離に関する次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい」が問題文で、それを説明する5つの選択肢が並び、そのなかの1つが「他者の期待や社会の規範から少しずらしたことを行うことを通じて、自己の存在を他者に表現する概念」で、これに丸をつけさせる。そして、他の選択肢の説明は、役割取得の説明だったり、役割期待の説明だったりするわけです。

役割概念は、社会福祉士国家試験で頻出です。
過去10年で単独問題だけでも4回、今回を入れると、二回に1回出題されています。

第25回・問題20 役割概念に関する次の記述のうち,正しいものを1つ選びなさい。
1 個人が,将来このような役割を遂行できるようになりたいと望むことを,「役割期待」という。
2 親と子ども,ソーシャルワーカーと利用者などのように,立場性の異なる者の間で役割の分担や調整がうまくいかないことを,「役割葛藤」という。
3 個人が担う複数の役割を両立させていく際の困難さを規定する役割間の類似度を,「役割距離」という。
4 個人が担う一つの役割に基づく行為や態度を相手によって使い分けることを,「役割分化」という。
⑤ 個人が,他者や集団の観点から自身を見て自らの行為のあり方を形成していく過程を,「役割取得」という。

第27回・問題21 役割葛藤の説明に関する次の記述のうち, 正しいものを1つ選びなさい。
1 幼少期での役割取得において発達上の困難を経験すること
2 他者からの役割期待に応えようとして過度の同調行動をとること
3 一定の場面にふさわしく見える自分を演技によって操作すること
4 他者からの役割期待と少しずらした形で行動すること
⑤ 保有する複数の役割間の矛盾や対立から心理的緊張を感じること

第29回・問題20 社会的役割に関する次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい。
1 役割適応とは、個人が他者との相互作用を通じて自我を内面化する過程である。
② 役割期待とは、個人の行動パターンに対する他者の期待を指し、規範的な意味を持つ。
3 役割演技とは、個人が様々な場面にふさわしい役割を無意識のうちに遂行することを意味する。
4 役割葛藤とは、役割の内容が自分の主観と一致しないことによって生じる困難のことである。
5 役割距離とは、個人の内部で異なる社会的役割が対立し、両立しない状態を指す。

第30回・問題19 子どもが、ままごとのような「ごっこ」遊びで親の役割等をまねることを通して自己を形成し、社会の一員となっていく過程を示す概念として、正しいものを1つ選びなさい。
1 役割期待 2 役割葛藤 3 役割演技 4 役割文化 ⑤ 役割取得

参考書等では、「役割距離」とか「役割期待」とか、四文字熟語かのように一つ一つ分けて説明してるものがほとんどのようですが、「役割」が付く用語なんていくらでもあります。
なぜ「役割」が付く用語が多いか。それは「役割」という概念を基礎理論として使うのが、「社会学」だけではないからです。「心理学」でも使われますし、日常生活でも言葉として使います。だから、四文字熟語にして、それらの意味を一つ一つ覚えるなんて、覚えることが増えるだけです。

この科目は「社会理論と社会システム」で、社会学を前提にしています。
だから、社会学で「役割」という概念がどういう位置づけをもつのか、理解しておかなければなりません

社会学で、「役割」概念を基礎理論にまで鍛え上げたのはタルコット・パーソンズと言っていいでしょう。そして、彼が言う「社会システム」のなかで「役割」概念がどういう意味をもつか、ここが大事なところです。

社会システムとは?
社会を『全体』とした上で、全体としての社会いかにして秩序を保ち維持されるかを説明する仕方


社会システム論の骨子
は以下のようなものです。

「社会=全体」ということは、「部分」があっての全体ですから、何かを「部分」とするわけです。例えば、家族であったり、例えば、人であったり。

そして、それら「部分」に対して、「全体としての社会」が「役割」を与える
一方で、「部分」は「全体としての社会」に与えられた「役割」を適切に果たす

部分が全体に与えられた役割を適切に果たすこと、それを「機能」といいます。
そして、「部分」が「適切」に機能することにより、「全体」は全体としての秩序を保ち続ける

以上。

なぜ、こんな話をパーソンズがしたのか。

「社会の秩序はいかにして可能か」という問いに答えるためです。そして、この問いは、パーソンズだけの問いではありませんでした。社会科学全体にずーと求められ続けてきた問いなのです。

「社会」とは、前近代の秩序の中心であった「神」や「王」を廃したのちの、システムのことです。すると、フランス革命といった市民革命以後における市民の最大の関心事は、秩序をの中心であった「神」や「王」なき後の「社会」がいかに秩序として維持されるのか。そこです。それが無理なら、また「神」や「王」中心の時代に逆戻りした方がいいからです。

この問いに適切に応えること、それが「社会」という場が成立して以後、社会科学に求められた問いなのです。逆に、社会科学の側から見れば、それに答えられれば、社会科学が役立つことの証明になるわけです。

そんな中で現れた有力な回答が、アメリカのパーソンズによる「社会システム論」です。
1930年代~50年代ごろまでは、このパーソンズの社会システム論が、この問い(=「社会の秩序はいかにして可能か」)に、最もうまく説明ができた。だから、「パーソンズの社会学」(=社会システム論)が、社会科学全体の王様みたいに一時期なっちゃってたんです。

さて、そんな話踏まえ、過去問の正解の選択肢を見ていきましょうか。

過去問は、誤りの選択肢を修正して、暗記するなんて勉強するぐらいなら、正解の選択肢だけを追ってみるほうがいいですよ。そうすると、国家試験が伝えようとするソーシャルワークが見えてきます。

選択肢4 ×

役割期待個人の行動パターンに対する他者の期待を指し、規範的な意味を持つ

他者」を「社会」と言い換えてみましょう。

すると、「社会」が与える「期待=役割」が行動をパターン化させ、その行動パターンが規範的になっちゃう、それが役割期待だ、ということになります。

これが社会が秩序化する理由です。
つまり、「社会」が「ある行動パターン」に「役割=期待」という意味づけを与えてしまうと、それが規範化してしまいます。すると、規範なのでみんな守ろうとしてしまうのです。
それゆえ、社会は秩序化する。

例えば。
「父=外で働くもの、母=家で家事するもの」という行動パターンに、「社会」が「役割=期待」を与えると、男性は父らしく、女性は母らしく振舞おうとしはじめます。
すると、結果として、性別役割分業が固定化していく=秩序化していく、というわけです。

選択肢1 ×

役割取得=個人が他者や集団の観点から自身を見て自らの行為のあり方を形成していく過程

「他者や集団の観点」を「社会が与えた役割=期待」と考えてみましょう。

すると、先ほどの例でいえば、「父=外で働くもの、母=家で家事するもの」という見方が規範になっていれば、男の子であれば、父らしく工場労働で働くという「役割=期待」に応えようと努力し、女の子であれば家で家事するという「役割=期待」に応えようと努力する
そのプロセスを「役割を取得する過程」略して「役割取得」と呼んでいるわけです。

選択肢3 ×

役割葛藤=保有する複数の役割間の矛盾や対立から心理的緊張を感じること

もちろん、「社会から与えられる役割=期待」が単純であれば、社会は秩序だつでしょう。例えば、「よき父」であろうとするときに、昔は工場で仕事をひたすらしていさえすればよかったのかもしれません。
しかし、社会が豊かになり、父に「家で子どもとたくさん接する」ことも期待されるようになると、男性は「ひたすら工場で働くこと」と「家で子どもとたくさん接すること」の間で、葛藤が生じます。
すると、かつては「役割=期待」というものがあることによって秩序が保たれると思っていたのが「役割=期待」が複数あるために逆に秩序が維持されない心理的緊張が走る、というわけです。

そうすると、「社会」は過剰なまでに単純な役割を欲するようになります
例えば、「家族には正しい周期があるものだ」と伝え、「生活には正しい構造があるものだ」と伝え、「人生には適切な時期に適切に出会う正しいライフステージがあるものだ」と伝えだします。それも、厄介なことに、時に社会科学の名で、「正しい家族、正しい生活、正しいライフステージがあるんだ」なんて伝えることで、逆説的ですが、社会の「役割=期待」を市民に果たさせようとしてしまうのです。

このような見方への抵抗が、例えば、問題18の「ライフコース」であり、そして、この問題の「役割距離」です。

選択肢2 〇

役割距離他者の期待や社会の規範から少しずらしたことを行うことを通じて、自己の存在を他者に表現する概念
「他者の期待」「社会の規範」を、「社会から与えられた役割=期待」と言い換えてみましょう。

そんな「社会から与えられた『役割=期待』に従順に従うことが人間らしさではない」とゴッフマンは言います。

「人間とは、それら『役割=期待』から敢えて距離をとることによって、『ほかの誰でもない自分がここにいるんだ』と表現をすることがある」、そうゴッフマンはいうのです。
しかも、それは特別なことではないのです。メリーゴーランドに乗るような子どもでさえ、親の期待に背いて、敢えてフックから手を放して危ない乗り方を親にして見せる。そのように、人間はそもそも、そうやって役割から距離をとることで、自分を作り上げていくのだ、と。

このゴッフマンによる「役割距離」が、さきの「ライフコース」と同じく、パーソンズの言う「社会システム論」的な秩序感へのアンチ的な見方だってこと、わかってもらえたでしょうか。
正解 2

【お勧めの関連入門本】
前者はゴフマンの役割距離について、原著(とはいえ翻訳本ですが)に当たってみたい人はどうぞ。そこまで難しくはないですよ。後者は、まさしくゴフマンを現代で「使う」ための論文集です。

 

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