・PTSDの概念としての歴史を知る
・英米圏での「障害」と日本語での「障害」のニュアンスの違いを知る
問題12 心的外傷後ストレス障害(PTSD)に関する次の記述のうち,最も適切なものを1つ選びなさい。
1 心的外傷後ストレス障害(PTSD)は,自然災害によっても引き起こされる。
2 フラッシュバックとは,心的外傷体験に関する出来事を昇華することである。
3 心的外傷後ストレス障害(PTSD)は,心的外傷体験後1 か月程度で自然に回復することもある。
4 過覚醒とは,心的外傷体験に関する刺激を持続的に避けようとすることである。
5 回避症状とは,心的外傷体験の後,過剰な驚愕反応を示すことである。社会福祉士国家試験 第33回(2021年)より解説
「心理」の科目で、「心的外傷後ストレス障害 (PTSD)」が単独問題で出題されたのは、第25回以来ですかね。
私は、国家試験が五肢のうちのどれに丸をつけさせるのか、つけさせようとしているか、そこに今日のソーシャルワークの見方・考え方があるのだ、という立場です。ですから、逆に言えば、今日のソーシャルワークの見方・考え方さえわかってくれば、典型的な×の選択肢を除いて、2択ないし3択で悩んだとしても、おのずとどれが正解かは見えてくるものだ、という教え方をしています。
では、「心的外傷後ストレス障害 (PTSD)」が単独問題で出題された第25回では、どんな選択肢に〇をつけさせたのか、見てみましょうか。
選択肢2 この概念によって, 戦争や自然災害, 犯罪被害体験に対する反応などを統一的に論じることが可能となった。
もちろん「この概念」とは「心的外傷後ストレス障害 (PTSD)」のことです。
これ、何かと発想が似てるって思いませんか? そうです。問題11で単独問題としてとりあげられた「発達障害」に、です。自閉症か、LDか、ADHDか、はてまた(問題11解説で書いたように)知的障害か否か、児童か否か、統合失調症か否か、という過去にこだわっていた有り様を超えて、これら概念を越境し連続してとらえようとする見方・考え方と、です。
「心的外傷後ストレス障害 (PTSD)」という概念を知るために、原語である英語から考えて見ましょうか。英語でも略される「PTSD」とは、トラウマとなるような体験(Traumatic Stress)をした後(Post)に、その記憶が原因で、心身の秩序にズレが生じる(Disorder)、という精神疾患の見方・考え方です。
このPTSDが、アメリカ精神医学会によってその基準であるDSMに採用されたのは1980年です。もちろん、これらPTSDの見方・考え方が採用する直前に急に立ち上がるわけはなく、1960年代~70年代の歴史や時代背景があってのことになります。
じゃあ、1960年代~70年代ってどういう時代ですか?もちろん、ソーシャルワークの転換期でもある、世界的な「社会運動の時代」です。※ソーシャルワークの転換期うんぬんは「基盤」の過去問ででもやりましょうか。
この時代におけるアメリカの運動と言えば、公民権運動が有名ですが、それだけじゃないんです。公民権運動はその運動の中のひとつに過ぎず、たとえば、障害者の自立生活運動等含め、あらゆる社会運動が有機的かつダイナミックに繋がっていく、そんな時代です。
PTSDは、ベトナム戦争による帰還兵問題が背後にあることはよく言われる話です。従軍したアメリカの若者の多くが帰国後に深刻な精神的ダメージを負い、社会問題化していきます。その対策として、PTSDという精神疾患は政策的に作られたんだ、なんて語りもあったりします。
しかし、政策的に作られたかどうかその語りの是非は別として、1960年代から70年代の社会運動を背景とした盛り上がりは、単独問題だけでどうこうというものじゃないんです。PTSDという概念(=見方・考え方)が立ち現れ、精神疾患の基準をも動かしたのは、決してベトナム帰還兵問題によるんじゃないんです。
第25回選択肢2にあるように、自然災害や犯罪被害体験等によって生きづらさを抱える、そんな多様な人々をつなぎ、境界を越えて大同団結していくような社会運動であり、そのような背景を経て、PTSDは1980年にDSMに採用されたのです。だとすると、第25回の選択肢2は、他の選択肢を見なくても、これが〇以外考えられないわけです。
そして、今回の第33回問題12です。
選択肢1 〇
これらを踏まえれば、もう国家試験がどれに〇をつけさせたいか、それは明らかでしょう。もちろん、選択肢1であり、「自然災害によっても引き起こされる」んです。というよりも、出来事や原因を問わないのです。トラウマとなるような体験(Traumatic Stress)をした後(Post)に、その記憶が原因で、心身の秩序にズレが生じ(Disorder)て生きづらさを抱えているのであれば、この概念は越境して、そんな生きづらさを抱えた人を包み込もうとするのです。
実は、この見方・考え方は、この直前の問題11と繋がっています。日本では「発達障害」なる概念で包み込まれた、「自閉スペクトラム症(ASD)」「注意欠陥多動症(ADHD)」「学習障害(LD)」と、「心的外傷後ストレス障害 (PTSD)」に共通するものなんですか?
「disorder」です。
すべての略語に「D」が付いていますが、これ、全部disorderです。
「自閉スペクトラム症(ASD)」は、Autism spectrum disorder
「注意欠陥多動症(ADHD)」は、Attention-deficit hyperactivity disorder
「学習障害(LD)」は、Learning Disorders(※教育学的な立場[=「できなさ」に着目]からすると、Learning Disabilitiesという英訳が与えられる場合もある)
disorderとは?
「dis/order」=dis(否定)+order(秩序・順序)
orderから外れた状態。つまり、ととのった順序や秩序から外れているという意味以上でも以下でもない。だから、日本語では「障害」なんて約してるけど、「異常」「病的」という意味合いは英語の語源そのものにはない。そして、欧米では昨今の精神疾患関係はdisorderを使うことがとても多い。
このへんの話をもう少し整理したければ、これもまた問題12で紹介したように、滝川一廣『子どのもための精神医学』がいいですよ。
ということで。
問題11と、この問題12。この二つのタイトルは、どちらも「障害」と名指されて入るものの、前者は「障害」、後者は「精神疾患」と分野的には分けられて理解されることもある。しかし、前者を2000年前後の、後者を1960年代の時代精神を含みこむ「概念」として理解したとき、この二つの問題が連続してみえてこないですか?
この感覚が国家試験に向き合って学ぶ態度ですよ。
選択肢2 ×
「昇華」は防衛機制の1つですね。防衛機制はフロイトに由来する、ソーシャルワーク上でも大事な考え方ですが、ちょっとここで展開するのはやめましょう。長くなりますし。過去問でもよく出てはいるのですが、そんな問題を解説するときにでも。
敢えて私なりに言うなら、防衛機制って、マイナスな出来事を何かかんかやって無意識にやり過ごしてるその技法みたいなものですけど、昇華って、この言葉のニュアンスだけで、マイナスな出来事をプラスに転換するようなイメージぐらいはもってもらえてればOKですかね。するとね、マイナスをプラスにしてやり過ごすやり方に対して、「PTSD」なる疾患名を与える必要性はないじゃないですか。疾患名を与えるのは、その状態がにっちもさっちもいかないから、国家が制度にのせやすくする(もちろん、ここでいう「制度」とは、社会福祉制度のみならず医療制度とかも含めてですが)ためでしょう。これ矛盾ですよ。ということで、もしPTSDがどんなものか知らないとしても×ですよ。
選択肢3 ×
これも選択肢3と同じような理屈で×つけられますよ。「PTSDの定義上どうだろう?」なんて問いにしてしまっては、DSMでの定義とかやたら覚えることが増えるだけです。論理で考えましょう。心的外傷体験(=ストレス)を受けた後に1 か月程度で自然に回復するようなものに、「PTSD」なる疾患名を与える理由ってなんですか?ありえないでしょう。このように、この選択肢は一見するとPTSDの知識を聞いているようで、そうではないいんですよ。疾患や障害という名付けを制度として与える(※ここでいう「制度」にはDSMそのものも含みますよ)、その背後にある見方・考え方を聞いているんです。なぜなら、そのような見方・考え方で理解してこそ、ソーシャルワークに応用ができるからです。これは医学の試験じゃないですからね。ミライのソーシャルワーカーにソーシャルワークの見方・考え方を伝える、そんな国家試験なのです。
選択肢4 ×
過覚醒を「過(=過剰な)/覚醒」で分けて考えてみましょうか。覚醒って言葉は、心理や精神の分野では、交感神経と副交感神経のうち、交感神経が高ぶっている状態のときに使います。もうちょっと俗っぽいいい方をするなら、(俗っぽいいい方をすると、専門用語としてはずれるところもありますが)気持ち的なアゲアゲ状態[交感神経]とサゲサゲ状態[副交感神経]の二つの、前者、つまりアゲアゲ状態の場面で使われる言葉なんです。しかも、それが「過剰に」ってことで、スーパーアゲアゲぐらいにしますか。これ、さっきdisorderの話なんかしましたけど、disorderでもどっちにずれてるのか、アゲアゲの方なのか、サゲサゲの方なのかによって、支援というか向き合い方は異なってくるじゃないですか。なので、精神の分野でも、この二つを用語上分けようとはします。前者を「そう」、後者を「うつ」と言ったりね。で、覚醒は、前者のほうと相性がいい用語なんです。
一方、「刺激を持続的に避けよう」とするっていうのは、そのようなアゲアゲ状態とは全然いえないじゃないですか。だから、用語を知らなくても、×ですよ。もしくは×に近い△ぐらいで残してもいいですかね。
選択肢5 ×
回避症状も「回避/症状」で分けて考えてみましょう。「回避」っていうのは、字義通り「回って避ける」ってことです。するとですよ、心的外傷体験(=ストレス)の後に、過剰な「驚愕」(=こんな難しい言葉でなくても「驚き」の、でもいいですよ)反応を示すことを、回避ってなずけを与えるのには無理がありすぎるでしょう。あれっ?て思って、選択肢をちょっと遡ると、選択肢4の「心的外傷体験に関する刺激を持続的に避けようとすること」とあり、あー、これが「回避症状だな」と気づけるはずです。こういうパターン(選択肢で説明を入れ替える)は過去問にもありますから。すると、逆に、選択肢4の「過覚醒」が「心的外傷体験の後,過剰な驚愕反応を示すこと」だなとわかるわけです。これで、選択肢4と選択肢5、どちらにも確信もって×をつけられるわけです。
正解 1
【お勧め関連本】
途中で滝川一廣先生の本を薦めたので、ここでUPしておきましょうね。