ソーシャルワークから見た「マズローによる人間の欲求階層」

02心理学理論と心理的支援
今回のポイント
なぜマズローがよく出るか、考えてみる
「欲」に焦点化する発想の由縁を知る

問題8 マズロー(Maslow, A.)による人間の欲求階層又は動機づけに関する理論について,次の記述のうち,最も適切なものを1 つ選びなさい。
1 階層の最下位の欲求は,人間関係を求める欲求である。
2 階層の最上位の欲求は,自尊や承認を求める欲求である。
3 階層の下から3 番目の欲求は,多くのものを得たいという所有の欲求である。
4 自己実現の欲求は,成長欲求(成長動機)といわれる。
5 各階層の欲求は,より上位の階層の欲求が充足すると生じる。

社会福祉士国家試験 第33回(2021年)より

さて、問題7から問題14までは「心理」です。
これもまた、「人体」同様、なぜ心理がソーシャルワークの国家試験で必須になっているか、その背景を考えてみることとても大事だと思います。それによって、どのような観点で問題が出題されるかが見えてくるからです。
ただ、せっかくなので、それはこれから「心理」の7問を解きながら、国家試験そのものから教えてもらいましょう。

ということで、マズロー(1908-1970)です。
生まれた年からわかるように、マズローは先に見た問題7の解説で出したパールマン(1906-2004)と同時代人であり、かつ、どちらも1950年代後半から60年代という時代の転換期に活躍し、評価された人です。確かに今の教科書からすれば、前者は心理学者、後者は社会福祉学者などとして分けられるのでしょうが、そのような区別は今という時代からの差異化にすぎません。1960年代という社会運動の時代においては、この両者の区別以前に「社会を変えよう」という視座の下、同じような見方・考え方からそれぞれの個別科学が新しい社会を理論化していったのです。
ですから、マズローの見方・考え方も、当然ながらパールマンのものと似ているのです。いや、そうだからこそ、ソーシャルワークの国家試験でマズローが頻繁に問われるのです。
マズローの理論は、パールマン同様、人間の生き方をプロセスとして描こうとします。マズローは心理学者として、人間の「欲」に焦点化します。それまでの科学では、「欲」を満たすといったあり方は、人間の成長を阻害するかのように描かれてきましたが、マズローは「欲」を満たす、その在り方にも過程(プロセス)があるのだとして、欲を満たしていく中で、人間は自己実現へ向けて成長していくのだ、という人間の欲求を階層として考えようとします。「階層」とは、「階級」という見方(例 「労働者/資本家」のようにはっきり区分できると考える見方)と異なり、層はありつつも連続させてみようとする見方なのです。国家試験では、俗に言われる「マズローの欲求5『段階』説」といった表現をせず「欲求階層」と表現しているところにも、国家試験の見方(マズローの見方は、欲求を連続した層としてとらえるのだ)と言っているように思います。

必須知識 欲求の5段階説
Ⅰ 生命維持に必要な物質的欲(生理的欲求)例 食欲

Ⅱ 安全に生きていくための所有欲(安全の欲求)例 本を所有したいという欲

Ⅲ 社会に属して仲間を得ていくための欲(社会的欲求)例 会社に所属したいという欲

Ⅳ 人や社会から認められようとする欲(自己承認欲求)例 会社で認められたいという欲

Ⅴ 自分らしく生きたいという欲(自己実現欲求) 例 自分らしく働きたいという欲

ここには明らかに論理的なプロセスの思考の跡があります。なのに、これを丸暗記する人がいますが、果たして丸暗記をすることを国家試験が求めているのかどうか。ここまで整理したうえで、選択肢を見ていきましょう。

選択肢1 ×

再開の欲求は、何より身体的な欲求、例えば食欲といった基本的な欲求(Ⅰ)を満たさなければ生命としての個体が維持されません。人間関係を求める段階は、さらに安全の欲求(Ⅱ)も満たされ、Ⅲ以上の段階にならない限りありえません。

選択肢2 ×

最上位の欲求は、パールマンらも含めた1960年代に活躍するソーシャルワーカー含め、その人らしく生きること、そこにゴールを求めます。人に認められることをゴールとする見方・考え方は、社会にいるマジョリティのありようを記述するモデルとしてはあり得ても、1960年代という時代精神を経て、人間の生き方を理念として描こうとする、マズローらのモデルにおいてはあり得ません。

選択肢3 ×

「階層の下から3 番目の欲求」のような言い方は国家試験ぽくないような気はします。下から三番目を覚えているかを試すような、何か暗記を聞いているような、そんな印象を受けるからです。ただし、「生理」→「安全」→「社会」→「承認」→「自己実現」みたいに無目的に暗記して覚えたような人には解けない工夫をしています。
というのも、下から三番目ですから「社会的欲求」ですが、この選択肢では「下から三番目は社会的欲求である」などという書き方をしていません。「多くのものを得たいという所有の欲求」という書き方をしていますが、先のような丸暗記には「所有欲」なるものはありません。このように国家試験が丸暗記を排除しようとしていることは明らかです。
そして、マズローの欲求5段階説を丸暗記ではなくプロセスとして理解していれば、安全のために物を持とうとするⅡ段階までは所有欲と言い得ますが、社会で仲間を得ようとするⅢ段階は物を所有しようとしているのではないのですから所有欲とは言えないことは明らかです。

選択肢4 〇(もしくは〇に近い△でもOK)

先のような丸暗記では、「成長欲求(成長動機)」という言い方も出てきません。すると、「成長欲求」という言葉やその言い方も国家試験は覚えろと言っているのか、と思った人は、さらに暗記の量を増やそうとするのかもしれません。もしくは参考書の出版会社も「国家試験の傾向」と称して、成長欲求についてやたら解説しだすのかもしれません。
ただ、「成長」とは何か、もっといえば、先に述べてきたような1960年代の社会運動のなかで求められた「人間の生き方」、そんな中で指される「成長」とは何なのかを考えてみましょう。飯を食うこと(Ⅰ)、本を所持すること(Ⅱ)、会社に受け入れられること(Ⅲ)、会社に認められること(Ⅳ)、これらを成長と呼ぶことを拒否し、あくまでこれらは手段であり、「自己実現」に向けてそれぞれが自分なりに歩んでいることを肯定しようとする、それが1960年代の社会運動であり、あの時代の時代精神です。すると、成長欲求という言い方を知識として知らないなら、この選択肢は△でもいいですが、〇に近い△ぐらいで落とし込んでおきたいところです。

選択肢5 ×

これは即×をつけられる選択肢でしょう。最上位である自己実現の欲求が満たされるから食欲が満たされるのではなく、食欲(Ⅰ)が満たされるから、安全欲(Ⅱ)を満たそうという一歩が踏み出せ、安全欲(Ⅱ)が満たされるから、社会的欲を満たそうという一歩が踏み出せ・・・・と、下の欲求から満たされて、上の欲求を満たそうと上昇していく、それが人間の共通の生き方なのだ、というのがマズローの説です。

正解 4

【お勧めの関連入門本】
マズローは社会福祉士の試験でも定期的に出題されるだけじゃなく、ブームも定期的にきます。ですので、マズロー関連の本はいろいろありますが、入門書としてはこのあたりが読みやすいです。

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