ソーシャルワークから見た「関係当事者の民事責任」

11権利擁護と成年後見制度
今回のポイント
民事責任と刑事責任の違いを知る
ソーシャルワークの見方を踏まえ誰に責任を負わせるべきかを考える

問題80 事例を読んで、関係当事者の民事責任に関する次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい。
〔事例〕
Y社会福祉法人が設置したグループホーム内で、利用者のHさんが利用者のJさんを殴打したためJさんが負傷した。K職員は、日頃からJさんがHさんから暴力を受けていたことを知っていたが、適切な措置をとらずに漫然と放置していた。
1 Hさんが責任能力を欠く場合には、JさんがK職員に対して不法行為責任を追及することはできない。
2 JさんがK職員に対して不法行為責任を追及する場合には、Y社会福祉法人に対して使用者責任を併せて追及することはできない。
3 JさんはY社会福祉法人に対して、施設利用契約における安全配慮義務違反として、損害賠償を請求することができる。
4 Hさんに責任能力がある場合に、JさんがY社会福祉法人に対して使用者責任を追及するときは、Jさんは、損害の2分の1のみをY社会福祉法人に対して請求することができる。
5 Y社会福祉法人が使用者責任に基づいてJさんに対して損害賠償金を支払った場合には、Y社会福祉法人はK職員に対して求償することができない。

社会福祉士国家試験 第33回(2021年)より解説

さて事例問題です。
事例問題ではありますが、その前に、この事例を通して問われている、「民事責任」について整理しましょう。

「人を殴る」という行為を許しては社会は成り立ちません。
そこで、法制度においては、「民事」と「刑事」という二つの観点でその責任を課します。

「人を殴る行為」への法的な取り扱い方
民事責任としてみると「不法行為
民法で取り扱う
責任の取り方:損害を賠償する

刑事責任としてみると「犯罪
刑法で取り扱う
責任の取り方:刑罰を受ける

まず、この事例では焦点化されていない「刑事責任」をさらっと説明すると。

刑事責任に当たる「犯罪」に当たる行為は、あらかじめ刑法で定められた行為に限られます。
したがって、例えばこの事例にある「人を殴る」という行為が、あらかじめ刑法で定められた犯罪に当たるかどうかを判断する必要があります。
それを判断するのが行政の「検察」で、検察が犯罪だと判断したら裁判所に申し立てて、裁判所も犯罪と認めたら、刑罰が与えられる。そんな仕組みです。

では、これと対比して「民事責任」について検討してみましょう。
民事責任が問われる「不法行為」は、民法第709条により定義されています。

不法行為
故意または過失によって、他人の権利や法律上保護される利益を違法に侵害する行為

そして、不法行為を行った者は、その行為による損害を賠償する責任を負うことになります。 これを「不法行為責任」といいます。
不法行為が「『他人の』権利や利益を侵害する行為」である以上、他人からの訴えがなければ不法行為責任が問われることはありません。

「犯罪」の責任の取り方
検察が犯罪と判断し裁判所に申し立て、裁判所が犯罪と認めれば、刑罰を受ける

「不法行為」の責任の取り方
→〈不法行為を受けた他人〉から「損害を賠償すること」を求められ、それに応じる

さて、ここまで整理したうえで。
現場は「グループホーム」とだけ提示されています。ということは、利用者は高齢者か障害者で、そのグループホームの法的根拠は介護保険法か障害者総合支援法あたりでしょうか。

そんな場で、利用者Hさんが利用者Jさんを殴打しJさんが負傷したので、Jさんが治療にかかった費用や精神的な慰謝料をHさんに「損害として賠償」を要求した、これがHさんに求められる民事責任の根拠ということになります。

ただし、ここで考えるべきことがあります。

①グループホームであること→利用者に責任を問えるか
②前もって予見されていたのに職員が対策を練らなかった→法人や職員に責任を問えるか

もちろん、この科目は法制度に焦点化している科目ですから、この2点が法的にはどうなのか?そこがこの事例問題で問われているわけです。

ただし!!

問題の問い方として、法的な責任の有無を問うているのですが、これがソーシャルワークの国家試験であるということを考えると、ソーシャルワークの観点から「誰を救うべきで、誰に責任を負わせるべきなのか」、結局はそこが問われているのです。
なぜなら、この科目の特徴から考えて、「法制度もソーシャルワークの考え方を支えているんですよ」と、国家試験は言いたいのですから。

すると、この問題も、問題79同様に、ざっと選択肢を見ただけで、選択肢3が正解だろうな、と当たりがつけられるのです。

なぜなら、ソーシャルワークの考え方を踏まえると
①利用者Jさんの損害は誰かが負わなければいけない
②それを利用者のHさんに負わせるわけにはいかない
以上の二つを満たすのは、選択肢3しかないからです。

ぐらいまで整理したうえで、

選択肢1 ×

この選択肢では「Hさんが責任能力を欠く場合」に限定していますが、Hさんにの責任能力の有無はそもそも関係なく、グループホームの運営をやっていた者として職員に対して不法行為責任を問うことはできます。

なぜなら、不法行為の定義が「『故意または過失』によって、他人の権利や法律上保護される利益を違法に侵害する行為」であり、グループホームの職員が対策を練れば防げたかもしれないのに対策を練らなかった、それが職員の故意や過失と考えられるからです。
よって、実際に職員にその責任がどこまで認められるか、そこは争いがあるかもしれませんが、職員に責任を問うことそのものはできます

選択肢2

では、どのような責任の問い方ができるのか、というときに出てくるのが「使用者責任」です。

使用者責任
民法第715条(使用者等の責任)
1 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

このあたりの用語使いが慣れない人にはしっくりこないのかもしれませんが。

使用する者(=使用者)
(1)事業主
会社その他法人組織の場合はその法人そのもの
(2)事業の経営担当者
法人の代表者や取締役など
(3)事業主のために行為をするすべての者 
労働条件の決定や労務管理の実施などに関して人事権を持っている人

この事例では、使用者=Y社会福祉法人となるでしょうね。

被用者=労働契約に基づき、使用者から賃金を受け取って労働に従事する者

この事例では、被用者=K職員ですね。

さらに、2項の「使用者に代わって事業を監督する者」を敢えて言うなら、Y社会福祉法人内にグループホームの事業所があるなら、その事業所の長、またはグループホームの施設長などがこれにあたるでしょうね。

さて、「使用者責任を追及できる」とありますから、選択肢2のような「K職員に不法行為責任を追及する」か否にかかわらず、使用者責任は追及できることになりますね。

選択肢3 ×

使用者責任をJさんがY社会福祉法人に対し追及するなら、その理屈は選択肢3に書いてある通り「施設利用契約における安全配慮義務違反」ということになるでしょう。

「安全配慮義務」とは、施設利用契約時に必ず結んでいるものです。もしそのような契約が文書上なかたっとしても、それぞれの施設の根拠法等で必ず安全配慮義務に相当する規制があるのです。

 障害者総合支援法第四十三条
3 都道府県が前二項の条例を定めるに当たっては、第一号から第三号までに掲げる事項については厚生労働省令で定める基準に従い定めるものとし、第四号に掲げる事項については厚生労働省令で定める基準を標準として定めるものとし、その他の事項については厚生労働省令で定める基準を参酌するものとする。
三 指定障害福祉サービスの事業の運営に関する事項であって、障害者又は障害児の保護者のサービスの適切な利用の確保、障害者等の適切な処遇及び安全の確保並びに秘密の保持等に密接に関連するものとして厚生労働省令で定めるもの

選択肢4 ×

先にも書いた通り、Hさんの責任能力あるなしは、Jさんに使用者責任を追及できるかどうかとは関係ありません。
ですから、認められるかどうかは別として、Hさんと使用者であるY社会福祉法人、その両方に損害賠償を請求することもできます。
ただ、責任の度合いはケースバイケースとしか言いようがないですから、法によって前もって、何分の何は請求できるとか、そんな形で規制するはずがないのです。
特に、今やっているのは民事責任です。民事ということは、まず大前提としては当事者同士で話し合い解決する(=落としどころを見出する)のですから、何分の何がどうこうなんて法が先んじて決めるなんてことはありえません。

選択肢5 ×

これは、先にやった民法第715条の3項とかかわりますね。

3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

求償権」と見て、「初めて見る言葉だ!」と頭を抱えちゃだめですよ。文脈から推測ができるはずです。要は、賠「償」を「求」める権利ですよ。

その権利の「行使を妨げない」、つまり、「賠償の請求ができる」ということです。

今回の事例で考えると。
使用者責任という発想と並行し、使用者であるY社会福祉法人は、被用者であるK職員に対して、賠償の請求ができる、ということです。

正解 3

正解 3

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